死ぬのがなんか怖い

 

ハロー!

好き勝手に生きている残念な30代です。
余命はあと120年(希望)くらい…かな?

余談ですがこの週末はモンゴルの遊牧民が移動式生活のために使っている住居『ゲル』に泊まってきます。天気さえ大丈夫ならば。

偶然にも2本続けて「●●がなんか怖い」というテーマで雑談を書くことになりましたw

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死ぬのが怖いのは人だけ

突然ですが死の恐怖におびえているのは、我々人間だけらしいです。
どうしておびえちゃうのか。
それは人が『妄想』を大好きだからです。

妄想と言えば『良いこと・プラスなこと』ばかりを連想しがちですが被害者意識とか「なんかイヤな予感がする……」でイメージしている未来など悪いことも妄想です。

いつかはわからないけどいつか来る『死の瞬間』を意識して、 よからぬことを考える。やれあんな死に方はイヤだ、こんな死に方をしたらどうしよう……など。
しなくていい妄想をするから人は死を恐れるんです。

ところが他の動物たちは死なんて恐れません。
時が来て、死の瞬間が訪れるのみ。
その手前でいつなのか、どんなものなのかもわからない不確かな未来なんていちいち考えたりしないんですって。

超賢いですよね!
動物くらい賢くなりたい。

生死にもう超手を出しすぎ

死にたくなーい!長生きしたーい!死ぬのこわーい!
という感情でまずは「なるべく死なないように」と人間は一生懸命ですね。

簡単なところで言えば老化予防とか健康管理など。
(かく言う僕もそこらへん大事にしてますw)

深いところで言うと手術や輸血、最先端治療などなど諸々の知識を駆使した本気の救命行為。
これが『死』への介入。

さらに『生』への介入もあります。
不妊治療など『生』を得るための科学的な行為。

死を嫌い生を肯定する人間の思想が、けっこうくるところまできた感じがします。
そもそも人間を除いた自然界には個体数の調節機能が働いてる。
これがあれば生態系は最適に維持される。

しかし人間がそこにずかずかと介入するから自然の生態系・バランスが崩れてやれ「環境があぶない!」とか「乱獲で●●がいなくなりそう!」とか騒いできれいごとを並べて守ろうとするんです。
自ら壊したくせに、ですよ。

僕の考えでは、人間こそが最も地球に要らない生命体であると判断しています。
人の心は意馬心猿(いばしんえん)……。

長生きは頑張って、そして迷わず逝こうぜ

僕らの細胞分裂には限りがあります。

むしろ脳の神経物質と心臓の筋肉細胞は、生まれてから死ぬまで細胞分裂すらしません。
ただ朽ち果てていくのみ。

だからこそ損傷させずに大切にしなくちゃいけません!

長生きは大賛成、健康管理も重要です。
僕も精一杯長生きするつもりです、もちろんなるべく「健康な状態」で。

病気で長生きしても、自分もまわりもツライし。

お金もかかるし。楽しいことなんて目減りするさね。

身体が健やかだから、歩くのが楽しいのさ。

身体が健やかだから、きれいな景色を「きれいだなー」って思えるんですよね。

健康を保とうとするのはおおいにやっていきましょう。
そのいっぽうで、どう抗っても迫ってくる死については、もっとおおらかに受け止めていきましょうぞ!

僕の神は10年前に死んでる

20代の前半、医者も全く解明してくれない病にかかって3年ほど死にかけてました。

あの頃に「神は死んだ」と思いましたよ。
ね、ニーチェ先生。

まあそこから自分で病の元を発見、毎週土日は病院に通いまくり、毎回先生を変えては交渉を繰り返し、「検査結果が出ないかぎり処方はだせないよー」の一点張りである医学の風上にもおけぬ医者たちをけちらしながら、一部のなんとか話を解ってくれる医者のお力を借りて処方をいただき、半年かけて病から脱したという地獄からの生還体験がありました。

あの頃から健康というテーマには敏感ですね……。

死は恐れてもしかたないんですよね。
僕らは自ら吸って吐いてを繰り返している酸素によって1ミリずつ殺されていってるんですから。活性酸素という意味です。

呼吸する限り死に近づく。

さぁ、明日をどう生きましょうか!
(なんか哲学ちっくになっちゃったよ!)