ロイヤルノート|ろくでもない知識をきみに。

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大学時代からなんら成長していなかった。

 

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今日、大学からのつきあいの親友と久しぶりに食事をした。忘年会というものにあたる。

彼は8年ほど身を粉にして働いた塾の講師業で精神を病み、いま一年間の休業中だ。

2週間に1度精神科に通い己の状態を説明し、精神科医から承認が得られないと仕事に復帰できないそうだ。

彼はもう復帰したい

彼自身はすぐにでも仕事に復帰したいそうだ。しかし医者がそれを許さない。

「そうなると、きみ、それはもはや今度は医者との2週間に1度の面会が人生の中心となり、それと戦っているような状況なんじゃないかね?」

と、僕は言った。

「まさに君の言う通りだ。」

彼はそのように答えた。

1度精神的に潰れた形でドクターストップがかかると復帰にはそれなりのノルマが課せられるようだ。しかしそんなノルマを無視すると、彼の様子はいつ仕事を再開しても大丈夫そうな素晴らしい聡明具合だった。さすが大学時代から毎日本を読み漁っていただけはあり彼の発言は知の宝庫である。そんな彼と論究を交わすのが本格的に楽しくなれたのは僕が三十路を過ぎてからのことだった。

彼は大学時代から、1歩いやむしろ3歩ほど先を進んでた。言い換えてしまうと思考が老け倒していた。

彼の真っ直ぐな性格と考えすぎる性質が、彼の仕事への姿勢をど真面目にした。

 ど真面目ゆえにエラいポジションまで昇格したが、プレッシャーが彼を潰したのだった。

なんら変わってないのは自分だった

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帰りの電車を待つ寒い寒いホーム上。ご飯の場所を大学があった最寄り駅にあるレストランにしたから、とても懐かしいが、見たことあるような無いような微妙な記憶の景色が広がっていた。

しかしイヤフォンをつけて久しぶりに、当時よく聴いていた洋楽を流してみると、大学当時の感覚がすぐそこにあるかのように鮮明なものに変わった。

大学の頃よく見たホームの景色。友達。好きな音楽。

あれから、10年は経って世界は刻刻と変化してきたが、僕自身はなんら変わってないことに気づく。

10回も転職をして、独立もして、素晴らしい人間にも出逢どうしようもない人間にも出逢い、なんだかんだで生き延びてきて今の自分があり、まるで自分は今まで積み重ねた経験の集大成のような気がしてたけど、懐かしい環境でタイムスリップしてみたら、あの頃も今も対して考えることも言うことも変わってなかった。つまり、所詮対して成長もしていなかったようなのだ。

20歳を過ぎてからの日々が早いのは、こういうことか。心の感度が高い時期を過ぎると、成長よりも苦境に対する不満や文句ばかりが先立つ。前進よりストップに熱意が注がれる。

失いかけた感度を取り戻すのは、まさに今この瞬間なんじゃないかと思った。

社会人になってからの10数年がたいした成長と変化になっていないことに気づいた私にとって、2017年は勝負の年になるだろう。

友達の休業が許される期間も2月には終わりを迎える、彼にとっても次の1歩を踏み出す重要な1年になる。

いつも思うが、彼のように優しかったり純粋だったりするひとほど、傷つきやすい。