秒で読めるページで書ききれなかったこと

このページは、こっちで書ききれなかったコマゴマとしたことを書いたページです。
順不同でつらつらと書きつらねていますからね。 

香川でうどんを食べて育ち…の件

香川にいたのは3~7歳の4年間くらいで、その後20~30年は東京なんです。 

小麦アレルギーの件

いやほんとにビックリしましたけど、2018年、35歳になって初めてアレルギー検査をして、自分が小麦アレルギーであることが発覚しました。
うーんどうりで通年なんとなく虚弱体質でよく体調を崩していたような気が……。
パンもパスタも大好きですからちょくちょく食べてきました。これが地味に身体へダメージを与えていたとは…!!

というわけで2018年4月からはグルテンフリーな毎日です。

脂肪肝の件

わたくし脂肪肝です、えぇ。
それがわかったのもまた、小麦アレルギーと同じ2018年4月のタイミングでしたw
昔から「おなかは太めなのにほかの部分は痩せだなあ~。着痩せして見えるなあ~」と思いつづけてきたんですが、着実におなかの中には内臓脂肪を蓄えていたってことですね。

そんなわけで2018年が筆者の本気ダイエット元年ですよ。

過去と現在のお仕事の件 

 

 

ブログ名の件

Royal Naught、これはRoyal(最も大きい、最高の、(強意語として)すごく)とNaught(無、ゼロ、無価値)を組み合わせてわたしが勝手に「でくのぼう」と定義した造語です。
なにをさせても長続きしないダメな自分を揶揄してつけたわけです、はい。

 

 

 

 

 

IBM

はじめての社会人経験は、HTMLコーディングを担当する派遣社員。
とても巨大な自社ビルに入っていく社員さんたちをながめ、その仕事ぶりを近くで見る機会を得られつつも、いっぽうで自分自身はしがない派遣社員。
「就活に成功したエリートはこんな感じの働きかたをするんだな…」
ちょっとした社会科見学ができたような気持ちになる。

 

公務員の天下り企業

公務員が定年になり、一般企業に再就職する『天下り』先の会社に勤める。 
そこでは毎夜、定時過ぎになると天下ってきたおじいちゃんたちがひとつの部屋に集まって、楽しそうに飲み会をひらいていた。
営業時間中は若い社員たちが主に仕事をして、おじいちゃんたちはのんびりと席に座っている。
「若いうちはあくせく頑張り、余生はこのように楽しく暮らすものなんだな…」
サラリーマン人生の縮図を見たような心地だった。

パチスロ情報サイト運営会社

とあるパチスロメーカーの子会社。
自社パチスロ商品の情報サイトを運営に従事。
ここではじめて勉強として遊戯を覚える。
ビギナーズラックはわたしにもあったのだが(ビギナーズラックってなんなのだろう?不思議だよね)みるみるうちにトータルで3万円ほど負け始め、「パチプロになるわけじゃないしそこまでの根性もないし」とヤメることに。

あまり執着がない性質である。

わりと業務内容のゆるい企業だったので、のほほんと仕事ができたのはよかった。
その反面、ここにとどまっていてもなんらスキルアップにはならなそうだ、とも思う。
毎日ぬるま湯に浸かり、業務時間の大半はやることがなくてYOUTUBEなどで動画を観ている安月給の先輩を横目に、こう思った。
「ラクな企業に入れたのはラッキーだけど、稼ぎも昇進も期待できないでずっとやるのは無駄だな…」
仕事がラクで、そのぶんお給料が安いという場所に留まるのは、よほど仕事内容が好きだったりしないと充実しないし、続かないなと幕を引く。

電通系ウェブ広告会社

ウェブ広告を管理する会社で電話とメールによる事務をおこなう。
ここはまわりの社員さんたちも洗練されており、場所も建物の下半分がホテルになっているところだったのでつくりがきれい。
大手電通傘下のそこそこ大きい企業で、オフィスも豪華!
勤め心地としては申し分なかったのだけど、むしろ身の丈に合っていないエリート感が勝手に醸し出される環境となってしまった。

このころ良くなかった点は、無駄な浪費だ。
オフィス付近は一等地でまわりのすべてが高い。ランチも高い。
社員も意識の高い人が多い。
「ちょっと一服しよう」と誘われスタバでブラックコーヒーを買う毎日。(でもわたしはコンビニの安いチルドカップのコーヒーが好きだった)

「エリートな場所にいられても、自分の稼ぎが少ないと支出ばかりが膨らむな…」
この会社にいて学べることはほぼ学んだな、と感じたところで辞めた。

性風俗店舗の情報サイト運営会社 

稼ぎを増やそう、裏の社会を知ってみよう。
そんな動機から、風俗情報サイトの運営会社に入った。
ここは体育会系、実力主義の企業だったので、頑張ったぶんだけお給料やポジションに反映される。

でもちょっとその体制が強くなりすぎていて、ワンマンな社長にどれだけ気に入られるかが昇給・昇進のポイントになっていたのが残念なところ。
ワンマン社長はかなりスパルタだったので、わたしも必死に仕事をこなし、それなりに昇格はしたものの、さすがに体調を崩してしまい…

「身体を壊してまでやる仕事になんら意味はない」

命の危険を感じたため、その会社を華麗に去ることにした。

ニコニコ動画 

サラリーマン時代、もっとも楽しかったといえる仕事はコレ。ようはドワンゴである。
ニコニコの新メディアをつくったり、ニコニコ市場をリニューアルしたり、超会議の現場でスタッフをしたり、ニコニコトップの3行ニュースを考えたり。
扱う素材がエンタメだっただけに、仕事と遊びを混ぜ合わせたような感覚で楽しめた。

「仕事は遊びだ」

こんな考えかたがわたしに根付いたのも、このころから。

まわりを固めるメンバーが元ニッセンだったり元楽天市場だったり敏腕ぞろいだったのも良い刺激となった。
…が、相変わらず自分のようなヘタレとは住む世界が違うなという違和感が常にあった。

フリーランスのウェブ屋さん

会社のために自分の時間と労働力を切り売りするのが、だんだんとイヤになってきた。

その結果、そこそこの収益をあげられる人脈と準備をサラリーマン時代にコツコツとそろえ「もういいや!」てな感じの見切り発車で、フライングスタートで個人事業主に転向した。

ウェブ屋をやっているころは、自分はヘタレでもまわりの人脈のおかげでわりとビッグなお仕事に参加できた。

守秘義務により詳細は書けないが、芸能界や格闘技界、音楽界の大物さんたちとお仕事をすることもあった。
昔のままサラリーマンを続けていたら、出会えなかったひとや見られなかった景色があったな…とは思う。
独立という選択肢は成功だったといえる。

しがない資本家なう

わたしのヘタレ度がますます進行する。

とりあえずそこそこの貯金ができたところで、己の自堕落精神が真価を発揮する!

「お金のことを心配しながら、ずーっとのらりくらり仕事していくのか…?イヤダ!めんどくさい!

こんなやつでも実は性根がマジメなため(←これは極限までマジメだった父親ゆずり)仕事のことを意識している時間は平日休日とわずけっこう多く、この時間は地味に苦痛だった。

ちょっとここらへんで自分の残りの人生の日数を数えてみたところ、35歳の今から60歳の定年を迎えるまでにざっと9000日程度。

100歳まではざっくり24,000日前後しかないことに気づく。

まじか!

苦痛を味わいながらお金稼ぎのために仕事なんてしている場合じゃないな!

逃げよう!やめよう!やってみよう!

……ということで、今は限られた貯金(資本)を企業に投資して運用したり、安いアパートの一室を購入してちっちゃく稼ぐなど、つまりは不労所得を増やす方向で生活をまかなっている。

そしてなんとなく方向性もなくはじめたこのブログも、ちょっと書いては休んでの繰り返しで、気づけば2016年10月の開設からそこそこ時間が経過している。

改めて更新を始めることにしたのが2018年の4月。

理由は自分が小麦アレルギー&脂肪肝であることに気づいてしまったからである。

ここらへんについてはまた後日、書くことにする。